時間とお金と乗り物のこと研究中

じぶんでやってる仕事と副業2つ 人に雇われて生きると人間関係がすごく大変なこと思い出しました

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都民共済の割戻金の金額が決まったから保険について研究中

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僕は12年前から都民共済に入っているのだけど都民共済には割戻金というものがある。

おかげさまで事業は堅調に推移し、収支状況も健全性を確保することができました。

割戻金を戻すよぉ〜といったような文章とともに手紙が送られてくる。

都民共済で総合保障2型というものに入っていって毎月2,000円、年間で24,000円のお金を払っている

そして今年戻ってきた掛け金は8078円

これは僕の記憶が正しければ都民共済に入ってからの14年間で1番多くお金が戻ってきた。

ご加入のポイントの第3位に選ばれているだけはある「割戻金」

少しでも多く還元できるよう、日々工夫して努力を重ねてま〜〜す(⁎⁍̴̆Ɛ⁍̴̆⁎)といったところだろうか⁉️

都民共済に入ったのは20代前半の頃で入ったきっかけは

もしも自分が不慮の事故や病気で亡くなった場合のための親のためと、そのあとにかかる諸々の費用のために掛けておこうと思ったからだ。

都民共済に入ったのは民間の営利団体よりも非営利団体の方が利益を追求してない分だけ掛け金も安くて済むだろうと思ったから

都民共済は入ってから一度も使ったことはないが親には何かあったら電話するように伝えてある

もしかしたら自分がこれから入院をすることが人生であるかもしれない

そしてもう一つのきっかけは叔母の話を聞いたからだった。

叔母は70歳を超える歳なのだが40年以上前に田舎から大阪に出てきて

貯めたお金50万で潰れたお好み焼き屋の居抜き物件を借りてお好み焼きを始めた。

食うていく分くらいの稼ぎやったなというくらいのものだったらしいが

店によく来ていた精肉店の人と一緒になり自分のお好み焼き屋を辞めて2人で焼肉屋を開店した。

旦那さんは小学校の野球のコーチをしていて子供達の親との付き合いと、毎晩の飲み歩きで知り合った人達など顔が広く焼肉を開店してからも食べに来てくれるようになったのだが

毎日、常連客は肉ばかり食べにはこれんわ〜ということで居酒屋に業種転換をして常連客も反映に顔を出してくれるようになり繁盛した。

ぼくが成人した頃、おじさんは糖尿病と肝臓病の合併症を患っており一日中寝たきり状態になり店も叔母が切り盛りしていたのだけど常連客も減っていた。

叔母が言うにはおじさんはケチだったのだけれども自分に何かあった時のために千代田生命と府民共済に入っていた。

そして病気が悪化してしばらくして亡くなった。

亡くなったときにベッドをひっくり返したら100万円が出てきたらしく、まず最初の叔母の相続物となった。

お金にケチな旦那がベッドの下に100万敷いて寝ってるとは思わんからびっくりしたわ⁉️とその当時語ってくれた。


残されたは店兼用の一軒家なのだが仕組みはよくわからないのだが税金の関係でおじさんの兄名義になっており叔母は子供に先立たれたこともあり夫婦とものんきに考えていて

名義も兄名義のままにしてあったことから甥っ子が相続することになり叔母は家を相続することはできなかった。

残されたのは旦那が掛けていってくれた府民共済と千代田生命

府民共済からは保険が350万

千代田生命は外資(いまはジブラルタル生命)買収されておりてくるお金を減らされたのだが数千万入ってきたとぼくに教えくれた。

正確な金額は教えてもらえなかったが驚かされたのはこのあとの叔母の行動だ⁉️

田舎に帰るため大阪の信用金庫から保険会社から入ってきた保険金を全額おろしてセカンドバックにお金を入れて

新大阪から夜行列車で帰ってきて途中の県の地方銀行に全額預けたらしいのだ!


大変危険で間違った行為です!

その話を聞いてびっくりしたぼくはなぜ信用金庫からお金を直接送金せずにセカンドバックにお金を入れて持ち歩くような危険な行為をとったのか聞くと

信用金庫から銀行に振り込みできることを知らんかったわと

怖くはなかったわと笑って答えた。

ぼくによく言う言葉は保険は掛けとたほうがええよである。

その後、叔母は田舎に帰り逆に大阪の息子夫婦の所に行き一緒に暮らすという方から一軒家を1500万で買い

それを地元の不動産を通じて中学校の教頭先生の社宅としていま現在も貸している。

自らはというと町営の平屋、マッチ箱とか文化住宅言われるところに3LDK、家賃五千で住み

年金代わりやなと15年経つ、いまも気持ち程度の修繕、リフォームしかせずに中学校の教頭先生が赴任期間を終え新しく来る先生に貸そうとするも


不動産屋にもっと綺麗にしないと貸せないと言われ費用がだいぶかかったわ〜

もうとなりの幼稚園に売ってしまおうかなぁ〜
とブツブツ文句を言って

70歳を超えるいまも老人ホームでヘルパーとして働いている。

家にいってもやることないし働いてるほうが気晴らしになってましやあ〜

年金の代わり、墓と葬式代はちゃんと残しとかな誰もみてくれる人おらんからなぁが口癖である。

ぼくは人生とは運の要素は強くあると思っている。

パチンコ、競馬、酒を飲んだくれ、たまたま買った宝くじで3億当たり不動産を買ってオーナーとして家賃収入を得ながら

同窓会で一緒懸命サラリーマンとして働いてきた同級生に

だからぁ〜お前達はダメなんだよお〜と延々と自論まじりのサクセスストーリーを語っているおっさんも世の中にはいるかもしれない

いないか⁉️


真面目に働いていたが病気になり保険を掛けておらず入院費用の負担で収入が無くなり借金

通勤中に左折して来たダンプにひかれ保険を掛けておらず残された家族が金銭的に困るかもしれない

わずかばかりの運の悪さ」で時として大きな違いを生む

人生って不思議なものですねぇ〜

 

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