時間とお金と乗り物のこと研究中

じぶんでやってる仕事と副業2つ 人に雇われて生きると人間関係がすごく大変なこと思い出しました

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ヤフー株σ(´・Å・`。)元本はものすごく揺れて拘束されてるのだからこれから複利で増えなきゃダメなんだよ‼と言い聞かせて研究中

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金曜のヤフー株は値動きは忘れてしまったけど 前日に買った394円の買い玉を398円で売ったつもりが、394円は前日に396円で約定していて393円と合わせて200株売ったことになってしまった。

これで利食い分が13000円 含み損が92100円となった。

よく複利で運用すると元本に利息がついて、その利息にも利息がつくので雪だるま式に膨らんでいくというものがあるけど

100万を年利10%で運用すると一年目が110万で2年目が 121万とどんどん膨らんでいくというよく見る複利のすごさの説明

あれを見て「なるほどを複利はすごいな複利で運用しなきゃ」 と誰でも一度は思うものだと思うけども何か違和感を感じていた。

株の複利の説明の違和感、それは元本の揺れなんじゃないかなと僕は思った。

元本が定期預金のように固定されていて、年利がたとえ変動しようが元本に変動がなければ複利の効果は少しずつではあるけども心配せずに実感できるとは思うが株の場合は

その元本がものすごく揺れる。

Yahoo 株ならばこの前430円を到達したと思ったら今は400円を切っている。

豊臣秀吉の将棋のマスに米粒一つおいて、つぎのマスに二粒おいて81マスおいたらとんでもないことにみたいな物語あるけども

あれは将棋のマスが変動することがないので複利でどんどん増えていくけど、 あれに条件をつけて敵軍との 合戦がやっている中でマスに米を一粒ずつ置いていくという条件にしたら

米を増やしている段階で、将棋盤を敵か味方の馬に蹴飛ばされるか、敵にしゃがみこんでるところをバッサリ切られてしまう。その中で「増やしなさい」と言われているようなもの

株式市場で複利を説明するなら変動も考慮しないと意味がないのではないだろうか。

豊臣秀吉の話を株に当てはめるとして、僕の感覚ではまず米俵一俵(元本)を持ってきたら一マスに一粒、一か月後に二マス目で二粒増える。 増えればいいねというぐらい難しいものといった感じだ。

そして長期投資の場合、数十年間いや天国に召されるまで生涯使うこともない大きく積み上がった元本を拘束され生涯を閉じるということこれも一つのデメリットではないだろうかと僕は思う。

いま20代、30代、40代として60代から配当をもらって悠々自適に生活できたとして60代の人生に20代を超える人生の楽しみがあるとでもいうのだろうか?

60代を越えれば体にガタが来て自分の若い頃の能力が次々に失われていくのが日に日にわかり実感していくと思うのだけども

どうせ悠々自適な生活を送るのならば60代のときではなく、逆に若い時に多く金を使える状態にして60代からはそれほどお金がいらなくなるほうがぼくはいいと思うのだけど

若いうちから投資すれば、そのぶん複利が効いてと言うけども、若い内を犠牲にしてしまった年代は二度と帰ってこない、これが長期投資のなんとも難しいところだと思う。

 

ほとんどの人が長期投資はできないというのはその通りだと思うけど、逆に言えば20代、30代、40代を犠牲にしてまで、同年代より少ない収入で我慢してまで数字追われてお金の番人のようになりたくないというのもあるのではないだろうかと馬鹿な僕は思うわけだ。

今日、交差点でダンプに引かれるかもしれない、生きてれば人間はそんな確率とも対峙している。お金をたくさん持ってる人間はダンプを跳ね返せるわけどもない

長期目線もそこまで生きていればというある意味「人生のその道中で自分がこの世からもしかしたら消えてなくなるかもしれないというそれもまた起こる確率のすくないギャンブル」

若い内を犠牲にして60代で何億のお金をもってもどうなんだろうね?未知の世界 

ちなみにぼくはいま20代ではないが20代でお金を収入たくさん得る狙って一時期成功した26歳の一年間ぐらいだけw

ネットで拾った記事

そして言うまでもなく、プラスになるかマイナスになるかは、誰にも事前には分からない。つまり、上がり下がりが不確定なものに対して「複利効果」というのは、論理的には成り立たないのだ

 

diamond.jp

 

 

ポンド円

ポンド円はショート継続でトルコリラはロング継続

二つ通貨とも損が出ようが利が出ようがただポジションを持つだけではなく自分で考えて研究している手法をバンバンバンと試していくつもりだ。

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