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じぶんでやってる仕事と副業2つ 人に雇われて生きると人間関係がすごく大変なこと思い出しました

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B'z松本LIVE-GYM93 のパンフレットのコメントは文面から熱量をすごく感じるのはぼくだけだろうか?。

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一昨年は B'z のライブ行わなかった。去年も後半になってようやく B'z のライブをしたと思うのだけどもネットのカキコミでソロばっかりやらないで B'z をやってほしいというものを見かけた。

そして面白いこと言うなと思ったのが 稲葉ソロが好きな人は  B'zファンではなくて稲葉ファンなのだというカキコミ

僕はそれを見てなるほど!言われてみれば確かに僕は稲葉ファンなのかもしれないと思ったw

基本的に B'z には B'z の良さがあるしソロにはソロの良さがあると僕は思っている。

二人がソロばっかりやっていた時も B'z をやってくれとそこまで確かに強くは思わなかった。

世間や他の B'zファンの方たちの相対的な意見はどうなのか分からないが、僕個人の主観的な意見で言わせてもらうと B'z というバンドのカラーは松本の思想と言えばいいのかわからないがすごく強く出ていると思ってる。

数字で例えるならば7割ぐらいの感覚だ。

グローリークロニカルという本の中で松本は彼こそ「ミスターB'z」と言っているが全ての稲葉ソロライブを見てきた僕が感じた正直な感想は 松本こそが「ミスター B'z」 だと思う。

稲葉ソロを聴いた後に B'z のライブを見に行くと本当によくわかる。

表に稲葉が出てるからわからないが B'z の色は松本がベースなのは間違いない!

稲葉ソロはあそこまでハードな音色は出ていないし すごくギターだけ個性が前面に出ていると強く感じる 。

B'z のライブは見に行くけども、稲葉ソロは見に行かないという人は突き詰めていくと松本孝弘の作曲した曲とギターの世界観が大好きなんだと思う。

現に B'z の方が圧倒的に人気があるのは間違いないだろう。稲葉ソロではドームでライブをやったことはないのだから、ただ1日ぐらいは東京ドームの5万人ぐらい埋めれる力は稲葉ソロには僕はあると思っている。

いつも B'z のライブを見ていて思うのは松本は本当に喋らなくなったな!ライブでということ

あと、ライブでも会報誌のコメントなど見ていても思うのだけれども余裕と貫禄があるなあと思う。

ライブでは2本の指を揃えておでこに当ててそれを上のほうに上げるポーズがお決まりのポーズになっているし、無口なところがまた貫禄を増しているようにも見える。何よりギターの技術がすごいと思うのだけど

ライブに行ってもいないのにヤフオクで買った93年のLIVE-GYM  のパンフレットのコメントがその人気絶頂当時の辛さを吐露していてなんだか今の松本とは違う感じがする。もっというとらしくないように感じる。

逆に言えばすごく文章に熱量を感じるのだがそう思えるのは僕だけだろうか?

そのコメントがこれ

昨年、 RUNのレコーディングを終えた後 、結成以来の大型連休を取ることができました。ギッシリとつまったスケジュールで動くことが常となっていた僕には、

一体どうやってこの自由な時間を過ごせば良いのか分かりませんでした。

とりあえず遅い朝食をとり、TVを一日中つきっぱなし

暗くなり始めると冷蔵庫からビールを取り出して・・・

外には一歩も出ずといった生活が何日か続きました。

ところが急に懐かしい友人から連絡があり飲みに誘われたり、両親と京都に旅行したり、普通では知り合えないような素敵な人と出会ったり、そうしているうちに、人と出会うことの大切さ、今の自分の人に対する接し方を反省する気持ち、家族に心から感謝する気持ちがたくさん湧いてきました。

僕には人に目一杯自慢できる家族がここに居ます。

相棒はもちろんのこと 僕の生活を中心である B'z と、日々を共にしてくれる家族が・・

このFamilyちょっと凄いですよ。

今夜のGymを観れば、その血を超えた結束が皆に伝わるはずです。

何故なら、この場に居てGym参加してくれるあなたも、大切なFamilyの一員なのですから一緒に居てください。そうすればきっと心臓破りの丘を越えられると信じてます。

 

今では貫禄と余裕があるように見える松本も人気が出ていっぱいいっぱいで頑張っていたのがこの文面からにじみ出ているように僕は感じた。

 

グローリーテクニカルの中の文面を見ると大学に行かずにギターの練習をして池袋にあるイケベ楽器でアルバイトをして楽器ばっかり引いていて野生のエナジーのPVは実話でよく社長に怒られていた。

一番最初に住んでいたのが祐天寺のワンルームマンションで実家から出たという満足感があったらしい

その後、福生の米軍ハウスでデモテープを作って イケベ楽器で一緒に働いていた人が「ラウドネスの事務所知っているんだよね」ということでその人にデモテープを渡したら 今の事務所に声をかけられて そこからバックバンドの仕事が入ってきて一番最初の仕事が「クイズドレミファドン」で秋本奈緒美さんのバックバンドに出たのが初めての仕事だということが書いてある。

書いてることを大まかに掻い摘んでみたのだけど インタビューを読んでいると最初から才能がすごくあった人ではなく努力でいまの B'z を創造し作り出した人なんだなと思った。

 高校のときは自分よりうまい子がいて、その子が78年にヤマハ主催のアマチュアバンドの大会で準優勝して、そのときのゲストが前年度優勝のサザンオールスターズでそれから部活をやめてひたすら練習していたらしい

それがいまでは日本を代表するギタリストになって継続は力なりを体現しているような人だ。

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